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日々の出来事、言葉との出会いを綴っていきます。何年後かの自分のために。

by usagi-kani
梶井厚志氏の『「わらしべ長者」の経済学』。
年度初めに「今年度はどの教材をやろうかな」と教科書を一通り読んでみて、「これは面白い。絶対やろう」と思ったのがこれ。「羅生門」と並んでこの教科書(数研出版「国語総合」)で扱いたかった教材だ。
昔話「わらしべ長者」をモデルに経済学の考え方を読者に理解させようとしている評論である。文学などというものを志す人間の常として(?)私も経済や政治には疎いのだが、非常にわかりやすく説明されていると思った。経済学というと「金儲け」が連想され、それゆえ「ずるい」「汚い」といった方向に連想は進んでしまうのだが、この評論では、「自発的な取引によって、取引に参加した全員が利益を得る」つまり「交換によって皆が得をする(幸せになる)」のが経済学の原則だという。
確かに、消費者は幸せになりたくてものを買う(お金を払う)のだから、お金を得たということは人を幸せにしたということに他ならない。お金をいっぱい儲けた、ということは、それだけ多くの人を幸せにした、ということになる。そう考えれば「金儲け」は卑しいことでも恥じるべきことでもなく、むしろ誇るべきことなのかも知れない。
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# by usagi-kani | 2014-02-26 22:29 | 学校・教育
窪美澄『ふがいない僕は空を見た』を読んだ。

図書館に東野圭吾『祈りの幕が下りる時』を返しに行き、さて次は何を読もうかなと迷って、どこかで聞いたような題名だから、という理由で選んだ。

予備知識はゼロ。
だから、読み始めは、コスプレや性描写がやたらと多いことに驚き、嫌悪感さえ覚えた。

途中で放り出してしまうかも、と思いながら読んでいたのだが、後半は一気に読んでしまった。「セイタカアワダチソウの空」「花粉・受粉」の二章は独立した短編小説としても秀作である。
特に「セイタカアワダチソウの空」は、何て言えばいいんだろう、「人生の思い通りにいかなさ」のようなものがうまく表現されていた。いい人なのにどうしようもない性癖を抱えていたり、才能があっても環境が邪魔をしたり……。読んでいて切なくなる話だった。これが読めただけでもこの本を手にした甲斐はあった。

文章もうまい。
この作者に他に作品があるのかは知らないが、あるのなら読んでみたい、と思った。ただ、これ以上の作品である可能性は少ないだろうな。このレベルを量産できたら一流作家だ。

この作品の前に読んだ『祈りの幕が下りる時』も感動して涙がこぼれそうになったくらいだったし、二作続けて良作に出会えた。
# by usagi-kani | 2014-02-03 15:14

今日のランチ

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ちょっと時間があったので、須賀川市にある「SUSHI&GRILあづま(あづま寿司)」に行ってみた。
食べたのは、海鮮丼。ドリンクも付いて千円ならお得でしょ。
味は……特別美味しいってほどでもないかな。
でも、お店はオシャレですごくキレイ。それだけで満足してしまうほど。
ランチなら回転寿司と同じ金額で食べられるし、今度は家族で来てみようかな。
# by usagi-kani | 2013-11-30 13:57

「海賊とよばれた男」

百田尚樹「海賊とよばれた男」を読了。
「事実は小説よりも奇なり」というが、こんな男がいた(こんな会社があった)というのが素直に信じられない。実在のモデルがいるというのを知らずに読めば、ただの小説として受け取られ「現実にはありえないよ」で終わってしまうだろう。ひとつの伝記として読むからこそ価値のある小説ではないかという気がする。
私利私欲のためでなく「日本のため」に必死になって働く、それが結果として成功につながった、というこの話を読むと、働くってどういうことなのか、を考えずにはいられないだろう。
すべての働く人がこの本を読んだら日本は変わるのではないか、なんてことを思ってしまう。
# by usagi-kani | 2013-11-27 19:24 | 本・ことば

「I was born」授業ノート

吉野弘「I was born」。
これを授業で扱うのは3度目のはず。毎回素晴らしい詩だなと思う。

今回の詩の授業は「同じ詩を読んでも人によって受け取り方は違うんだなぁ」というのを実感してもらうことに主眼を置いた。だから、感想を記入したカードの回し読みなども行ってみた。

授業中も挙手させて各人の読み取りの違いを確認しながら進めた。
「I was born」で言えば、「白い女」という言葉ひとつとってもイメージが違うことを理解してもらうために手を挙げてもらった。「白い服を着た女」65%、「色の白い女」35%といったところ。
また、「父親が『僕』に蜉蝣の話をした理由」については、「確かに、自分の意志で生まれてくるのではないかも知れない。だが、親は自分の命を犠牲にしても子を産む。その重さを考えて積極的に生きて欲しい、と伝えようとした」が80%。「いや、自分の意志でないというのは間違いだ。子供は親を苦しめてでも、時には親の命を奪ってでも生まれようとして生まれてくるのだ、と伝えようとした」が20%。もちろん、どちらも間違いではないのだから自分の読みを大切にするようにと話した。
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# by usagi-kani | 2013-11-24 20:28 | 学校・教育