日々の出来事、言葉との出会いを綴っていきます。何年後かの自分のために。

by usagi-kani

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これはおもしろい!

10月9日、天気のよい3連休の中日であるが、足が痛くて動く気にもならない。ずっと家にいた。
時間つぶしに読書でも、ということで、今回選んだのは、伊坂幸太郎『マリアビートル』。

おもしろかった!

休日とはいえ、それこそ寝食を忘れて1日で読了してしまった。娘の面倒を見なければいけなかったのだが、一人で遊ばせて読書に耽ってしまった(^_^;) それくらいおもしろかった。おもしろさだけなら私の読書人生でもベスト5には入るだろう。

特別何かを考えさせられるという小説ではないので、感想は「おもしろかった」だけですませるが、気になった箇所を引用しておく。

「放射能は目に見えないし、匂いもない。命令通りにやれば気分も悪くならないよ、と兵士たちは教えられるんだ。で、核兵器が爆発して、まだキノコ雲が上がっている場所に向かって、兵士たちは歩きはじめるんだよ。いつもの同じ服で」
「何だよそれは。放射能ってのは大したものじゃないのか?」
「そんなことあるわけないよ。みんな、被爆して、大変だよ。ようするにさ、人というのは、何か説明があれば、それを信じようとするし、偉い人間が自信満々に、『心配はいらない』と言えば、ある程度は納得しちゃうってことだよ。(中略)僕たちからすれば、馬鹿な話だけれど、国が冷静に、自信を持って断言すれば、それが正しいと思わざるをえない。でしょ。実際、それはその時には正しいことだったんだ。ほら、今となっては健康被害をもたらすから禁止されているアスベストも、昔は、耐火性、耐熱性に優れて、重宝されていたわけでしょ。」

これって今の日本? この話、いつ書かれたんだろう。原発事故の後なのかな。まあ、それによって作品の評価が変わるわけではないから調べることもしないが。

蜜柑というすごく魅力的な殺し屋があっさりと殺されてしまったのだけは残念。
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by usagi-kani | 2011-10-13 20:21 | 本・ことば | Comments(0)
 伊坂幸太郎『グラスホッパー』を読んだ。
 伊坂幸太郎を読むのは久しぶり。はっきり言ってしまえば、そう好きな作家ではない。最初に『死神の精度』を読んで感動したのがきっかけで、その後も何作か読んではいるが、「読んでよかった」と素直に思える小説はなかったような気がする。ただ、彼の作品は(自分が読んだ範囲ではということだが)いずれも「飽きずに」読むことができる。だから、読書をしたいが何を読んでいいかわからない、というときに読むにはもってこいの作家だとも言える。
 さて、今回の『グラスホッパー』だが、おもしろかったか、と尋ねられたら、「メチャクチャおもしろかった!」と答える。加速するように話の中に引きずり込まれて、続きが読みたくて仕方ない、という状態に陥ってしまった。だが、「おもしろい」だけ。後には何も残らない。伊坂作品にはどうもこのような感じ…「軽さ」と言うのだろうか…を覚えてしまう。まあ、楽しく読むことが出来たのだから、「娯楽としての読書」としては最高だったとは言えるのだが。

 ところで、最後の一行。
 これは素直に「急行列車がいつまでも通っている」と受け取っていいのだろうか。それとも、鈴木は押し屋にホームに落とされて、列車に轢かれてしまった、と取るべきなのか。はたまた、自殺屋によって、自分からホームに落ちていった、と取るべきなのか。
 作者はいろいろな受け取り方が出来るようにわざと曖昧に書いているのだろうが、他の読者は、どう受け取っているのだろう。知りたい。何かアンケートでもまとめたものがないだろうか。
 ちなみに、私としては「自殺屋」かな、と思うのだが……。

 印象に残った箇所を引用。

 鈴木は仰向けで押さえつけられたまま、車内の天井を眺める。自分の置かれている状況は認識しているつもりだった。ただ、どれくらい絶望的な状況にあるのかは、把握できていない。
 僕はこの期に及んでまだ、高をくくっている。
 鈴木はそう呆れながら、亡き妻が生前に言っていた台詞を思い出した。テレビに映る、他国での紛争をぼんやりと眺めていたときのことだった。「たぶん、わたしたちってさ、自分の目の前に、敵の兵隊が立ちはだかっても、戦争の実感はわかないかもね」と彼女は言ってから、「今まで世界中で起きた戦争の大半は、みんなが高をくくっているうちに起きたんだと思うよ」と残念そうに肩をすくめた。やはり君の言う通りだ。すっかりその言葉を忘れていた。「世の中の不幸の大半は、誰かが高をくくっていたことが原因なんだってば」その通り。

 危機感のなさ、というか、いざそのことが自身に起こるまで(あるいは起こっても)他人事のように感じている心理……引用の「高をくくっている」……は確かに誰にでもある。これが問題を引き起こすのもその通りだが、そういう「お気楽さ」「おめでたさ」があるから人間は生きていけるという側面もあると思う。
 ただ、この辺の心理解析は『カイジ』の方がはるかに上手いな。
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by usagi-kani | 2011-09-09 22:41 | 本・ことば | Comments(0)

1月に読んだ本

■『ラッシュライフ』(伊坂幸太郎)
■『チルドレン』(伊坂幸太郎)
連続して伊坂幸太郎を読んだが、これは年末に読んだ『死神の精度』が非常に良かったため(つまり3冊連続で伊坂幸太郎の作品を読んでいる)。これと比べると上記の2冊は見劣りする。

以下『ラッシュライフ』からいくつか引用。

「君が卒業間近に言った言葉を思い出したよ」佐々岡は声を高くして、言った。「『オリジナルな生き方なんてできるわけがない』私にそう言った」
「そうだったか?」
「世の中にはルートばかりが溢れている、とね。そう言ったよ。人生という道には、標識と地図ばかりがあるのだ、と。道をはずれるための道まである。森に入っても標識は立っている。自分を見詰め直すために旅に出るのであれば、そのための本だってある。浮浪者になるためのルートだって用意されている」

「人生に抵抗するのはやめた。世の中には大きな流れがあって、それに逆らっても結局のところ押し流されてしまうものなんだ。巨大な力で生かされていることを理解すれば怖いものなどない。逃げることも必要ない。俺たちは自分の意志と選択で生きていると思っていても、実際は『生かされている』んだ。」

金や地位を重んじる現実的な女は、人を信頼して裏切られる真面目な男よりは、よほどしっかりしているはずだ。地面の上に立っているかどうかも疑わしい男よりも、履いている靴がどこのブランドであるかを気にするOLのほうが、よほど頑丈だ。

「行き詰まっているとおまえが思い込んでいただけだよ。人ってのはみんなそうだな。例えば、砂漠に白線を引いて、その上を一歩も踏み外さないように怯えて歩いているだけなんだ。周りは砂漠だぜ、縦横無尽に歩けるのに、ラインを踏み外したら死んでしまうと勝手に思い込んでいる」

■『星々の舟』(村山由佳)
村山由佳の作品をちゃんと読むのは初めて。これまでは雑誌の数ページの連載小説を読んだりしただけ。
読み始めて最初に思ったのは「宮本輝に似ている」ということ。宮本輝は20年くらい読んでないのだが、どういうわけかそういう印象を覚えた。文章(の雰囲気)が似ているのか。
何にしても良い小説だった。1月にして「今年の一番」を手にしてしまったのかも知れない。今年これ以上の書物に出会えたら、それはとんでもない幸運と言っていいだろう。

■『悪の対話術』(福田和也)
ネットで高い評価を受けていたので何件も書店を回ってやっと手に入れたのだが、つまらない。途中放棄。

■『対話篇』(金城一紀)
「恋愛小説」「永遠の円環」「花」の微妙につながりのある3話が収められている。
20代で読めば、かなりお気に入りの1冊になり得ただろう。今の私にはちょっとばかし「軽い」。罪のない時間潰しには最適だったが。
「花」がよかった。国道1号線・2号線・3号線を走っての東京から鹿児島までのドライブは私もやってみたくなった。高速を行くよりずっと楽しそうだ。

その「花」より。

ある日、恵子さんが、うっかりしてお皿を割った。その五分後には口論が始まっていた。なぜそうなってしまったのか、ふたりには分からなかったけれど、ふたりは無意識に衝突を欲していたのだ。それがどこに行き着くものであれ、とにかく、きしんだ音を立てながら続く毎日に変化を臨んだのだ。

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by usagi-kani | 2008-01-29 05:18 | 本・ことば | Comments(0)