日々の出来事、言葉との出会いを綴っていきます。何年後かの自分のために。

by usagi-kani

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運命

本人の意志や努力によって運命を切り開けると信じているかもしれません。
けれど、意志や努力が既に運命なのだと、わたしは感じます。

(小川洋子著「薬指の標本」)




思いがうまく表現できない。表現してみても何となく「違う」感じを覚えてしまう……
そんなモヤモヤした気分が晴れる瞬間がある。
「自分が言いたかったのはまさにこれだよ」「こう表現すればよかったのか」と感じる表現に出会った瞬間である。

この小川洋子の文章がまさにそれ。
私の「運命観」を見事に(そして実に簡潔に)言い表してくれている。

あのとき努力したから自分の運命が変わった、そんな内容の発言を耳にするが、努力できたのはその人だから。つまり、その努力はその人にとって「必然」のこと、その状況なら必ず「するに決まっていた」ことなのである。

この考え方は「運命」に対する敗北主義では決してない。
未来はあらかじめ決まっているものではないと思うからだ。
しかし、未来を決定する選択に際して、その人がどちらを選ぶかに偶然はない。その人が選ぶほうは決まっているのである。その人であるがゆえに。
どういう選択をし、どういう未来をつくっていくか……すべての人生の選択はその人にとって「必然」であり、だからこそ「その人らしい」「その人ならでは」の人生が創造されることになるのである。

人生(の選択)に偶然はない。すべて「必然」の連続によって人生は創造されていく。
それが私の運命観。
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by usagi-kani | 2006-03-30 05:49 | 本・ことば | Comments(0)

子供との距離

他のブログでこのような記事を目にした。

子どもには子どもの世界があります。その世界で自分がうまく生きているはずだという誇りがあり、プライドがあります。学校に通っている子どもには、自分は学校生活を首尾よくこなせているというプライドがあります。授業についてゆけず困っているとか、友だちとうまくゆかずにいじめられているとかは、できれば親に知られたくないことであり、秘密にしておきたいことなのです。(小さな哲学~雑想の世界~

まったくその通り。
子供もひとつの人格である。
人間である以上、「(他者に)こう思われたい」「こう見て欲しい」という自我は当然持っている。
たとえ親であってもすべてをありのままに見せたいわけではない。いや、親だからこそ、というべきか。

いじめられているとしても、いじめられている「弱い」自分を知られるくらいなら、いじめが解決しなくてもいい、と親には内緒にする。それも子供のプライド。
いじめが続くのと、解決はする(かもしれない)がいじめの事実を親に知られるのと、そのどちらがつらいか……それは誰にも、おそらく本人にも決められないことだろう。
大人たちはいじめの解決にしか目を向けないだろうが、その影で子供は、「弱さ」を知られてしまった屈辱に心を痛めているかもしれない。あるいは、いじめが(大人が動いたことで)「事実」となってしまったことで、それまでは必死に否定していたかもしれない、自分がいじめられているという「事実」を受け入れざるを得なくなり、心の支えとしてきた「理想としての自分」を全面的に放棄せざるを得なくなるかもしれない。

「子供のことは何でも知っている」と誇らしげに話す保護者がいるが、それは本当は自慢すべきことではない。子供をひとつの人格として見ていないことの証明に過ぎないのだから。

子供と距離を置く……それは子供を生き甲斐にしてきた親たちには極めて困難な寂しいことに違いない。
でも、「子供の自立」や「親の子離れ」のために必要なのは、その寂しさに耐えることなのだろう。
その寂しさに耐えられない、あるいはその勇気を持たないために子離れできない親が増えてきているのはおそらく間違いない。
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by usagi-kani | 2006-03-28 04:25 | 日記 | Comments(2)
プリン(プディングという呼び方も浸透してきたが、やはり日本人にはこのほうがしっくりくる)の魅力はどこにあるのだろう。
味覚ではないと思う。多分に好みの問題であろうが、今の時代プリン以上に美味なお菓子は多いはず。

時代を経ても変わらぬプリンの魅力、それは触感にあるのではないか。
つまり、スプーンで掬い取った後の、プルルン、って震え。その震えを生み出すかたさ(やわらかさ?)こそが魅力ではないか、と思うのだ。
もちろん我々はプリンのかたさ(やわらかさ?)を手でも味わい、舌でも味わっている。だが、プリンのかたさ(やわらかさ?)を最も的確に表すのがこの「プルルン」だと思うので、視覚的なこの表現を使いたい。

その「プルルン」はプリンが「絶妙なかたさ」ゆえに持ち得るもの。
固すぎても軟らかすぎてもダメ。
まさに「絶妙」としか言い表せない状態にあって初めて成立する震えなのだと思う。

同じことが人間についても言えるのではないかと思う。

すなわち、心の震え、である。

心が震える、そのためにはやはり心が「絶妙なかたさ」になければならないのではないか。
乾燥しきって固い心はもちろん、やわらかすぎて形のない心も震えることはできないのではないか。

感動とは「心のプルルン」。
だとするならば、感動するためには「心の適度な柔軟さ」が必要。

そんなことを思う。

さらに言うと。
この「心のプルルン」が同調したとき、人は自分がひとりでないこと、すなわち「他者とのつながり」を実感することができるのではないか。

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵万智)

例えば、この短歌。
答えてくれる人がいるからあたたかいのではない、と私は思う。

もし返事が「冬だから当たり前だろう」とか「でももうすぐ暖かくなるよ」だったら……作者はあたたかさを感じないであろう。そのような返事では、傍らに人間が存在しているという意味では孤独でなくとも、心理的には孤独なのである。

「寒いね」に対してそのまま「寒いね」という返事……
作者はそこに同じ心の震え(プルルンの同調)を感じたから、自分はひとりじゃないと実感することができたのである。
だから「あたたかさ」を感じたのである。

最近あなたにはあっただろうか、
心のプルルンが同調した……そう感じた人が、瞬間が。
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by usagi-kani | 2006-03-24 05:49 | 日記 | Comments(0)

勉強になった

3月21日に祖母の三回忌が行われた。

家とお墓でお坊さんによるお祈り(何て言うのだろう?こういうことに疎くてわからない)があり、その後結婚式場で会食が行われた。
その会食の開始に際してお坊さんからお話があった。
その中で印象に残ったことをいくつか。

■供養は「ともに養う」つまり「故人と生きている人が一緒に食事をする」ことが原義。だから、必ず故人の位牌と写真を持ってきて、陰膳をお供えしなくてはいけない。
(会場の人に問い合わせた時、「最近は会食するだけで、持って来る人はほとんどいませんよ」と言われたので、位牌や写真は持ってきていなかった。)

■清めの塩について。葬式では、霊を連れて帰らないため、塩で清める。しかし、法要の際は、亡くなった人をお墓から連れて帰って一緒に食事をするのだから、塩は要らない。塩を振ったのでは、故人の霊が一緒に来れない。
(これも建物に入る時「塩で清めてください」と会場の人に言われて皆そうしていた。)

■仏前に線香は何本あげればよいか。仏には「過去仏(先祖の霊)」「現在仏(今祭っている霊)」「未来仏(今生きている人)」の3種類がある。それぞれに1本つまり3本という説もあるが、普通は「過去仏」と「現在仏」に対してでよいであろう。よって2本。

上の2件については、お坊さんに間違いを指摘され、ちょっと恥ずかしい思いをすることになってしまった。
まぁ、いろいろ勉強になったとも言える。
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by usagi-kani | 2006-03-23 05:51 | 日記 | Comments(0)

「愛子への伝言」

前回の「卒業生への手紙」に出てきた「愛子への伝言」を紹介したい。
出会いは16か17年前、私が教員になって2、3年目くらいの頃ではなかったかと記憶している。
名前は忘れたが偶然手にした薄い雑誌で、「自分史コンテスト」という企画をやっており、その入賞作だった。
読んだとき文字通り「身体が震えた」のを覚えている。
ひとりでも多くの人に読んで欲しい……そんな思いから機会を捉えて生徒たちに読ませてきた。
1日数件のアクセスしかないこのブログではあるが、少しでも多くの人の目に留まることを期待したい。




愛子への伝言
                  長谷川 博

 愛子、おまえは今、指をくわえながら満足そうに眠っています。そして、隣には、おまえの姉ちゃんの恵が、体をエビのように後ろに反らせ、頭を足につけんばかりに曲げて眠っています。おまえたちの寝顔を見ている時が、父ちゃんにとって一番幸せな時です。
 やがて、おまえが成長した時、姉ちゃんが何故寝たきりなのか、何故いくつになってもミルクしか飲まず、体も小さくて、赤ちゃんのままでいるのかと、疑問を持つ時がくると思います。その時のために父ちゃんは、おまえに姉ちゃんが生まれた時のことを伝えておこうと思います。
 姉ちゃんは、六月の雨の降っている日に生まれました。「生まれたら、知らせます」と言われたので、家で待っていました。すると病院から「保険証を持ってすぐに来てください」という電話がありました。何か胸騒ぎを覚えながら、すぐに病院に駆けつけたら、産科のお医者さんから「胎盤が早くはがれすぎて、仮死状態で生まれてきたので、今人工呼吸をしています」と言われました。
 それから長い時間、雨に煙る外の景色を見ながら、ひたすら待ちました。
 夕方頃になって、今度は小児科のお医者さんに呼ばれて「とにかく、命はとり留めたものの、大きな障害が残るでしょう」と告げられました。そして、お医者さんはこう説明をしました。
「普通に元気に生まれてきた赤ちゃんを10だとしたら、あなたの赤ちゃんの場合、たぶん1もないくらいだと思ってください。原因はよく分かりませんが、悪いくじが当たったようなものです。ほとんどの赤ちゃんは、元気に生まれてくるものなんですが、どんなに医学がすすんでも、何千人に一人とか二人の割合で、どうしてもこういう赤ちゃんが生まれてくるのです」と。そして、「今夜のうちに死んでしまうかもしれないし、何年も長く生きるかもしれません。それは、ひとえに赤ちゃんの生命力にかかっています」とも言われました。
 その夜、姉ちゃんのことや、そんな子を産んで、産声を聞くこともできず、抱くこともできないまま、一人病室で寝ている母ちゃんのことを考えると、胸が苦しくて、せつなくて、祈るような気持ちで次のような詩を書きました。

   妻に捧げる詩

六月のじめじめした雨の中
おまえは赤ちゃんを産んだ
その知らせを受け病院に向かう私の胸に
不安の影がよぎった
胎盤早期剥離
その言葉を医者から告げられた時
私の頭は一瞬空白になった
そして祈った 生きていてほしいと
それから数時間
なんと長く苦しい時間だったろう
ただ祈るしかなかった
どんな子であっても
愛しぬいて育ててあげよう
最後まで見守ってあげよう
おまえがどんな気持ちで
ベッドの上に寝ているかと思うと
おまえがいとおしくてならない
おまえの手を握って励ましてあげたい
看護婦さんから赤ちゃんが元気になったと
知らされた時
神様はいるのだと思った
生きているということが
こんなに素晴らしいことだということを
私の赤ちゃんが教えてくれた

 もしかしたら、おまえが大きくなった時、友だちに「おまえの姉ちゃん、変な子なんだってな」とからかわれるかもしれない。その時は、からかった子を家に連れて来て、姉ちゃんをよく見てもらいなさい。姉ちゃんが一生懸命生きようとしている姿を見て、その子はきっと、人間というものの凄さ、不思議さ、迫力といったものを感じ取ってくれるにちがいありません。
 まちがっても、姉ちゃんのことで、ひけ目なんか感じないで下さい。姉ちゃんのおかげで、他の人には経験できない、人間にとってとても大切なものを学ばせてもらっているということを、むしろ、誇りに思いなさい。
 どんなにあがいても、現実は変えることができない。だから、人間自身が、その現実をどう受け止め、自分自身をどう変えていくことができるのか、それが、その人間の価値を決めるのだと思います。だから、おまえには、まず、現実をしっかりと見据えて、そこから自分自身の生き方を見つけて行って欲しいと思うのです。
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by usagi-kani | 2006-03-22 06:03 | 本・ことば | Comments(7)

卒業生への手紙

卒業式の日、クラスの生徒たちに手紙を渡した。
と言っても、個人個人違う内容ではなく、「クラスのみんなへ」宛てたものなので、実質は手紙形式の学級通信と言ったほうが正確かもしれない。(封筒には、それとともに個人宛のメッセージカードも入れたのだが。)

今回は、その手紙を掲載しておく。

このような場所にでも保存しておかないと、いつか「どんなこと書いたんだっけ?」と思い出したくなったとき、見つけることは無理だろうから。
モノの整理・保管の苦手な私にはこのような場所の存在はありがたい。

以下がその手紙である。




 卒業おめでとう。

 2年間君たちの担任を務めたが、君たちに教えたことはほとんどなかったと思う。誤解を恐れずに言えば、教えようとも思わなかった。高校生というのは親鳥がエサを持ってくるのを口を開いて待っている時期ではない。とっくに自分の翼で飛べるようになっている。教えることがあるとすれば、より効率的な羽の動かし方とか、飛んでいく方向くらいのもの。どこまで飛べるか、どのくらい早く飛べるか……自分の可能性と限界は自分で試してみるべきことだ。先生の役割は、迷ったときに手招きしたり、不安なときに背中を押してあげればいい。それくらいに思っている。

 そんなわけで、君たちにとっては物足りないところも多かったと思うが、最後にメッセージを贈りたい。

 君たちの旅立ちに際して、手紙を書くことは早くから決めていた。これからの人生でつまずくこと、前に進めなくなることもあるはず。そんなときに読み返してもらえたら、そして立ち上がる力を与えることができたら、私が担任として君たちに出会った意味もあるだろう、そう考えたからだ。
 何回も書き直した。伝えたいことが自分でも見えていなかったから。
 何度も書き直すうちに、ようやく私が伝えたいことが見えてきた。
 そして、それは、14年前初めて卒業生を送り出すときに書いたことであった。
 それに気付いたとき、人間って変わらないものだな、との感慨を覚えた。人間の「芯」にあるものはそう簡単に変わらないのかもしれない。

 その文章、初めての卒業生に「君が君であること」という題名で書いた文章の一部、それをそのまま君たちに贈りたい。手抜きのように思われるかもしれないが、若い頃の自分の気概を懐かしく思うし、君たちが知る由もないその頃の私を文章から感じて欲しいとも思ったから。

   ***************************

 小学校に入学したばかりの頃、君は子犬を拾ってきたことがあった。クロと名付け、学校と布団の中にいるとき以外はいつでも一緒だった。君にとってクロは親友であり子分であり弟であった。
 今はもう生きていないクロとのたくさんの思い出。
 その中でも君が忘れられないのは、クロを初めて鎖につないだ日のことだ。はじめ、クロは自分がなぜある距離以上に行けないのか理解できないようだった。それから、その自分を縛るものから逃れようと必死にもがいた。そしてどうしようもないことを知ると、クロは君の顔を見つめたのだった。
 クロの「どうして…」と訴えかけるような哀しく切なげな瞳……。それは未だに君の脳裏から消えることはない。そのとき君はクロを本当に本当にかわいそうに思ったのだった。
 しかし、今の君は知っている。犬だけではない、人間も見えない鎖で縛られているのだ、ということを。
 君は幼なじみの友だちと同じ高校に行こうと勉強した。でも、学力的に下の高校を選ばざるを得なかった。君の小さい頃からの夢はプロ野球選手で、誰よりも練習をした。でもチームのレギュラーになることもできなかった。高校卒業後、君は進学したいと思っていた。でも家庭の事情で就職せざるを得なかった。君は東京で生活してみたかった。でも家を継ぐために地元に残らざるを得なかった。……
 君は「能力がないから」「才能がないから」「家にお金がないから」「長男だから」あるいは「背が低いから」「男だから」「家の職業が○○だから」といった、君が選んだわけではない、君にはどうしようもない理由のために、何度も傷つき、いくつもの夢を諦めてきた。その悲しさや悔しさと引き換えに、君は「見えない鎖」の存在を知ったのだった。
 また君は知っている。その「見えない鎖」を世の人たちは「運命」と呼ぶことを。あるいは「現実」と呼ぶことを。
 そして、君は知る。自分にまとわりつく「見えない鎖」こそが「自分を自分たらしめるもの」だということを。自分以外の誰かとして生きることはできない以上、そこから逃げずに真摯に向き合うことが「自分らしく生きる」ことなのだということを。

   ***************************

 今君たちに伝えたいことは全て以上の文章にある。どうか読みとって欲しい。

 そして、君たちに是非読んでもらいたい文章がある。
 別紙の「愛子への伝言」という文章だ。16、7年前に何かの雑誌で偶然見かけたものだが、一読後とても言い表せない「衝撃」を受けた。この文章と出会えたことは私の人生の中でも最大の僥倖のひとつだと思う。ある意味、この文章こそが私の「芯」を形成するものとなったから。
 君たちが私と同じ「衝撃」を受けることはないだろう(違う人格なのだから)が、何かしら感じ取ってくれるものと確信している。それだけでも私が担任として君たちに出会った意味はあったと思う。
 なくさずに保存しておいて欲しい。そして、いつか必ず読み返して欲しい。


 人生は1回切り。誰もが「初めて」生きるのだから、器用になんて生きられるわけがない。ジタバタしながらでいい。自分らしく生きていって欲しい。
 君たちの人生が幸多きものであることを祈る。
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by usagi-kani | 2006-03-21 09:10 | 学校・教育 | Comments(0)
村上春樹作『海辺のカフカ』をようやく読んだ。
ようやく、といったのは村上春樹は大好きな作家で、ほとんどの作品は出版されてすぐに読んでいたからだ。特に初期作品は初版本で購入してきた。『風の歌を聴け』は残念ながら初版本ではないが、その後は初版本で買い揃えてきた。『ねじまき鳥クロニクル』までは続いたのではないかと思う(手元にないので確認できない)。このへんから「ついていけない」感が出てきて、正直購入するほどの意欲がなくなった。だから、それ以降は買わずに図書館等で借りて読んでいる。小説はすべて読んでいると思うが、エッセイなどは読まない、そんな付き合い方になっている。

さて、『海辺のカフカ』だが、難解な小説である。著者が何を伝えたいのかわからない、という意味で。

カフカ少年の成長の物語なのは間違いないとして、ここまでシュールに書くことでなにを訴えたかったのだろう? 思春期の少年が読むべき啓蒙書を意図したのであれば(村上春樹がそんな意図で小説を書くことはあり得ないが)、もっとリアリズムが必要だろう。ここまで荒唐無稽では小説を読んで感じるものがあったとしても、それを自分にフィードバックする気にもなれないだろうから。

正直に言うと、そう丁寧に読んでいないので、思い違いがあるかもしれないが、一応私見を書いてみたい。

読みながら思ったことは、ナカタさんは戦後日本のメタファーなのではないか、ということ。
彼が終戦直前の事故で失ったもの、すなわち失った状態でその後の人生(=戦後)を生きることになったもの、それを考えてみると、自己判断力であり、言葉(厳密には文字であり、会話は可能なのだが)である。このあたり、アメリカの支配下あるいはアメリカ追従の状態にあって、自分で決断する、あるいは自分の真実を語ることができなかった日本と重なっていないだろうか。そう考えたのだ。個人の成長の物語であると同時に、国家としての日本の成長の物語ではないか、と。そう考えると、戦争や二人の兵士が小説中で使われていることにも一応の説明はつくし…。

話は変わるが、主人公のカフカ少年、これで15歳はないだろう、と感じた。いくらなんでも老成し過ぎ。少年が大人になる物語を書きたかったのだとしたら、その少年を描けていない段階でその狙いは失敗していると言わざるを得ない。

世間的評価は知らないが、個人的にはそれほどの作品とは思えない。

う~ん、村上春樹は一体何がしたいんだろう?
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by usagi-kani | 2006-03-14 05:56 | 本・ことば | Comments(2)

生徒作カレンダー(2)

前日に続いて。
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by usagi-kani | 2006-03-11 06:37 | 学校・教育 | Comments(0)

生徒作カレンダー(1)

教室に生徒が作成したカレンダーを掲示していた。
日めくりのかたちで、一人が一日を担当。
内容は基本的にクラスメイトへのメッセージとしたが、それしか認めないというわけではなかったので、かなり自由なものになった。
その中からいくつかを紹介する。
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by usagi-kani | 2006-03-10 05:42 | 学校・教育 | Comments(0)

ユーモリスト

人間のオカシサを、自分のオカシサとして語れる人を、ユーモリストという。
(天野祐吉・『ユーモアの鎖国』解説)



他人をバカするのはユーモアではない。自分を笑いの種にするのがユーモアである。

一読したとき、そういう意味かと思った。

しかし、ちょっと違うかもしれないと思うようになった。

「人間のオカシサ」を「自分のオカシサ」とするためには
人間一般を自分自身を見るのと同じくらいよく見(観)なければならない。
そのために必要なのは、愛。
つまり、自分を愛するのと同じだけ人間を愛することができる人、
そういう人こそがユーモリストである。

そういう意味ではないだろうか。
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by usagi-kani | 2006-03-09 06:08 | 本・ことば | Comments(0)