2006年 05月 16日
宝物あるいは幻想(モーパッサン「首飾り」を読んで)感想・意見の発表などは行わないが、各自に簡単な感想文を書かせて、それをファイルに綴じ込み、自由に閲覧できるようにする。
様々な読み取り方・視点・価値観の存在を知ること、クラスメイトの意外な一面を発見することが狙いである。
今回の読んだのは「首飾り」というモーパッサンの短編。
私で20分、多くの生徒が30分くらいで読み終えた。
憧れの上流階級の夜会に出席できることになった、下級役人の若い妻。
着ていくドレスは新調したものの、装飾品がない。そこで、ある婦人に首飾りを借りる。
ところが、それを紛失してしまい、同じような品物を探して買って返す。膨大な借金をして。
10年間身を粉にして働き、ようやく借金を返済した彼女は、借りた首飾りが実はイミテーションの安物だったことを知る……そんな話である。
生徒たちの感想で多かったものは
・なくしたことを正直に言えば無駄な苦労をせずに済んだのに
・人生はちょっとしたことで変わってしまう
のふたつだろうか。8割方がこのどちらかに属する感想であった。
特に前者が多かった。「正直に言うことが大事」「嘘はいけない」といった価値観を植え付けられてきたからだろう。
生徒たちの感想の中で印象的だったものを挙げよう。
「貧乏なのに妻をパーティへ行かせようとする旦那の愛は、とてもすばらしいと思った。
そして、10年もかけて2人で借金を返すには、とても努力したと思う。
この夫妻はとても愛し合っていると思う。
この夫妻が、(首飾りが)偽物だったと知ったときは、とてもがっかりしただろう。」(女子)
夫は間違いなく妻を愛しているだろうが、「愛し合っている」となるとどうだろう?
借金を返すという苦労の前では、とにかく働くことで精一杯で愛も何もない、というのが現実だったのではないかという気がする。愛なんて感情が入り込む隙間さえなかったんじゃなかろうか。
でも、夫婦の感情(愛)に目を向けている点は良いと思う。私にはなかった視点。さすが女の子、と言うか、女性の視線はやはりそういったところに向けられるのだろうか。
次は男子の感想。
「正直に首飾りをなくしたことを言えば、10年間苦労せずに済んだのに、と思った。
でも、10年前の夜会までは家で何もしてなかったのに、首飾りをなくしてしまってからはどんな仕事でも一生懸命やり続けたことで、彼女はこれからの人生、どんなことでも頑張れるようになったと思う。
だから、気持ち次第で変われるということを伝えたいんだと思った。」(男子)
今回はこの感想が一番良かった。
この事件がなければ専業主婦としてのほほんと人生を過ごしたであろう女主人公が「どんなことでも頑張れるようになった」と、主人公の「成長」を読み取っている点で秀逸な感想だと思う。これも私にはなかった視点で、ハッとさせられた。
だが、最後の「気持ち次第で変われる」は言い過ぎかも。気持ちで変わったのではなく、状況で変わった(変えられた)のが正解だと思う。
人間は基本的に楽したい生き物。苦労せざるを得ない状況があるから、そうするのである。
生徒たちの感想を読んでみて、それにしてもいろいろな読み取りができる短編だな、と感じた。
多様な読み取り方(=価値観)の存在を生徒に理解させるのが目的だったが、一番勉強になったのは私かもしれない(笑)。
私の感想も述べておく。
女主人公は、偽物を本物と思いこんで苦労を続けるわけだが、これは人生(あるいは若さ)の暗喩であろう。
すなわち、人は(価値のないものを)勝手に価値があると思いこんで、そのためにたいへんな対価を支払うものだ、ということ。あるいは、本人が価値があると思っているものも、他人から見ると価値のないものに過ぎない、ということの。
そして、そのようなこだわり・思いこみ・勘違い……それらを「幻想」と呼びたいが、それは若いときほど多いような気がするのだ。
青春を犠牲にして何かに打ち込む、もちろんその姿は美しいのだが、はたから見ると、あるいは後から冷静に考えてみると、果たしてその対象にそれだけの価値があるのだろうか、と思われることが少なくない。
そして、「幻想」の最たるものが恋愛ではないだろうか。ありふれた石ころを宝石と思い込んで、時間や財産、友人を失い、時には人生そのものを失ったりする。
「幻想」を追い求めて生きる……愚かかもしれない。だが、それが人間の性(さが)だと思う。
自分の「宝物」が「ガラクタ」に過ぎなかったと知ったとき、人はどれほど落胆するのだろう。
それまでの自分を否定することになるのだから、素直に考えれば落胆も大きいはず。
だが、案外そうではないかもしれないという気もする。なぜなら、人間は自分を否定できるほど強くないから、何らかの意味づけを行って自分を正当化してしまうだろうと思うからだ。
あるいはこんなことも言えるだろう。
自分が追い求めた「宝物」が実は「ガラクタ」だったなんてできれば知りたくないこと。
そう考えると、最も幸福なことは「幻想」を持ち続ける、つまり「真実」に気づかないこと、かもしれない。
前出の女子生徒の感想に戻ろう。
「旦那の愛は、とてもすばらしいと思った。」
そう。10年間も一緒に苦労した旦那(夫)の愛は紛れもなく「本物」である。
女主人公は、借金を返すために若く美しい時代を働きずくめ、すっかりやつれてしまった。
しかも、自分が本物と思い込んでいた宝石が「偽物」だったことを知ってしまう。
しかし、彼女は「本物」がすぐ身近にあることに気づくチャンスを得たのである。「夫(の愛)」という宝物が。
彼女がその宝物を発見できたかどうか……
それは書かれていない。
これからも時々遊びに来てください。
首飾り読んでみたのですが、
なんだか衝撃的結末でしたね。
私も旦那さんの、奥さんを想う気持ちはすごいと思いました。
奥さんも見栄はりすぎですけど、でも、誰でもそういう気持ちってあるものですよね・・・。
集団読書用に本がそろっているという理由だけで選んだ話で、別に名作というわけではないので(と言うか、それほどの物語とも思えない)、なんか申し訳ないです。
「読んで損した」と思われてないか心配です(^^;)
私もこの話のラストまで知ってるから生徒の多くと同じ意見、『正直に言えばよかった』と初めは思いました。でもそれはやっぱり結果論ですね。
もし私が妻の状況になったら、きっと正直になくしたとは言えないと思います。。。
私は首飾りを貸してくれた婦人がそれなりに裕福であった(←推測ですけど(^^;))から、妻がそれを「高価なもの」と思い込んでしまったんだろうなぁ・・・とか思いました。そしてなくしたとは言えず、似た首飾りを借金してまで買って婦人に返し、その後10年夫と力を合わせて借金を返す。いくら安物でも裕福な人が持ってたらそれは高価なものに思えてしまうことってけっこうあります。感想とは違いますがそんなことも考えさせられました(^_^;)