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by usagi-kani

「羅生門」で感じたジェネレーション・ギャップ

芥川龍之介「羅生門」の授業をやっていて驚いたことがある。

「『下人』に『大きな面皰(にきび)』があることから、どのようなことがわかるか」という発問。

以前は(少なくとも前回この教材を扱った3年前までは)「下人が若者だということがわかる」という、こちらが期待した答えがすぐに返ってきたものだった。

今回も当然そうなるものと思っていたのだが……。

返ってきた答えは「下人の栄養状態が悪いということ」「下人が顔を洗うこともできないほど追い詰められていること」というものだった。それも一部の生徒ではなく、複数のクラス(というより私が担当しているすべてのクラス)で、こんな答えが返ってきたのである。

初めて聞いたときは、「どうしてそんな答えが…」と驚いたが、すぐに納得した。

現代の高校生にとって「ニキビは体調が悪かったり、洗顔を怠ると出来るもの」という認識なのだ。「ニキビは青春のシンボル」なんてCMがあったが、「ニキビ」=「若さ」なんてイメージはもはや過去のものになってしまったようだ。

ま、授業では「全体で何を言おうとしているかを考えて部分を読め」と言っているので、「ここは下人の困窮した状況を述べている場面だから、下人が顔も洗えないほど追い詰められていることを表しているはず」と考えてくれたのなら、授業で教えたことがちゃんと伝わっていると喜んでいいのかも知れないが。

なんにしても、時代は変わったな、と実感した出来事だった。

そうそう、「シンボル」と言えば、「……仏像や仏具を打ち砕いて……」の「仏像や仏具」は「モラルや道徳心」の象徴である、つまりここは困窮したあまり人々のモラルが崩壊したということを表している、ということも生徒たちには難しいようだ。説明されると、なるほどという顔をして聞いているが、予習の段階ではまず出来ていない。

現代の子どもたちにとって仏具なんて生活に困ったら真っ先に処分してしまうものなのかも知れない。

反対に絶対に最後まで手放さないのがケータイやスマホなんだろうな。
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by usagi-kani | 2013-05-18 19:18 | 学校・教育 | Comments(0)